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2025年2月16日 (日)

夏の山陰歴史旅 海士町激走編 その1

こんにちは。

疲れている時は甘いものを欲するらしいですが、ものの見事に甘いものドカ食い中のナユタです。

何でしょうねぇ、疲労が抜けないのよ。

ここのところ、重い荷物を背負って外回りしているからなのかもしれません。

お菓子食べ過ぎて体重増加が…。

 

それでは、山陰旅は海士町を巡ります。

どうぞ!

 

謎の町内放送に起こされ、朝6時30分に起床。

な、なんだ…?

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お宿で朝ご飯。

久々にちゃんとしたご飯が食べられる…。

 

この日は、海士町観光協会で電動自転車を借り、半日のサイクリング

当初の予定ではもっと涼しいはずだったのですが、この日も酷暑。

海士町は平地が多いと聞いていたけど、それなりにアップダウンあるぞ…。

Dsc_6528
まずは3.5キロほど走って後鳥羽上皇御在所跡へ。

後鳥羽上皇とは第82代天皇で、鎌倉幕府に対して承久の乱を起こした人物。

「鎌倉殿の13人」では尾上松也さんが演じていましたね。

乱に敗れ、ここ隠岐の島に配流となりました。

鎌倉殿を見ていた時から、一度隠岐の島に行きたいと思っていたのですよ。

やっと念願が叶った!

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こちらは御火葬塚。

お住まいのすぐ近くで火葬されたのですね。

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御在所跡。

広々としていますが、皇族がお住まいになるには狭かったのかもしれません。

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そのまま奥へ進んで隠岐神社へ。

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神門に置いてある顔出しパネル、よく見たら牛から顔出すようになっているし、烏帽子の方は癒し系だし、何かオモロイ。

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創建は1939年、後鳥羽上皇700年祭の年に創建。

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蹴鞠の好きだった後鳥羽上皇のためでしょうか、蹴鞠スペースもありました。

御朱印は9時からいただけるとのことで、9時過ぎまでしばらく待っていたのですが、社務所の開く気配がなく。

仕方ない、予定もあるし、今回は諦めるか…。

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境内には土俵まで。

広いんだなぁ、と思ったら、何と1万5000坪もの広さがあるそうな。

Dsc_6554
向かいにある後鳥羽院資料館へ。

受付の方が親切で、自転車のヘルメットを預かってくれて、身軽に見学出来ました。

中には後鳥羽上皇の愛用品や刀剣などが展示。

後鳥羽上皇が亡くなる13日前に書いたという「後鳥羽院御手印御置文(複製)」には、後鳥羽上皇の両手の手形が押されています。

すごい資料だ…。

 

帰り際、隠岐神社の社務所が開いていなかった話をすると、社務所に電話で確認してくれました。

「今だったら開いているそうですよ。午後からは団体さんが来るそうなので、早めに行かれた方が良いかもしれません」

わざわざ確認していただいて、ありがとうございます!

島の方の優しさに感動✨

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隠岐神社に戻り、今度こそ御朱印をいただきました!

 

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コメント

隠岐諸島では西ノ島と島後島にしか行っていないので、中の島も色々あることを知ることが出来ました。
なかなか離島は行くには時間の余裕を持っていかないといけないから大変ですが、また隠岐諸島に行きたい衝動にかられます。
そして朝食を食べることが出来良かったですね。

大樹さんへ♪
私も隠岐四島全てに行けた訳ではないのですが、海士町は後鳥羽上皇縁の地ということで、今回は絶対行こうと決めていました。
離島って、本当に行くまでが大変ですからね…。
夏休みとか大幅に休みが取れる時でないと難しいですね。
私もまた隠岐の島に行きたいー!!!

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